東京都港湾局がやっている東京港を周る船に乗ってきた。こちらのみなと丸は竹芝ふ頭のあたりからレインボーブリッジの下を通り、羽田空港のあたりまで行って戻ってくるようなルートで東京港の各種施設だとかについて説明してくれる。平日と土曜日に何回か予約可能な回があり、乗船料などはかからない。
こういうの予約とれないもんだと思っていたが、平日の早い時間であれば意外と簡単に予約が取れた。
普段は竹芝ふ頭から出るらしいが、今は竹芝の桟橋が工事中らしく、国際クルーズターミナル近くの青海船着き場からの出港になっていた。



解説員のおじいさんがいろいろ解説してくれるのだが、話の中で面白かったのは、東京港の歴史の話。関東大震災以前は基本的に関東の港は横浜が中心で、東京港というのは大して整備されておらず、関東大震災で海からの流通が活用されて、東京港を貿易港として整備する動きが出てきた。しかし、戦争とGHQによる接収があって、本格的に貿易港として活用され始めたのが戦後しばらくたってからで、その時期になってくるとコンテナが使われ始める時代なので、逆にコンテナ港として整備されやすかったという話らしい。

デカいコンテナ船と中央防波堤の埋め立てを見れたのは良かったが、ただ右側に基本的に岸がある状態で進んでおり、今回座ったのが左側だったため、それは残念だった。もし次回があればぜひ右側に座りたい。

みなと丸のクルーズ自体は1時間程度で終わったので、近くの国際クルーズターミナルにも行ってきた。この日はクルーズ船が停泊していて、普段は無の空間だというクルーズターミナル内は船員や旅行客、チェックインカウンターなどができていた。晴海からこちらにターミナルを移したのはみなと丸の解説員の人曰く、最近の大型客船がレインボーブリッジをくぐれないものも出てきたかららしい。一度でいいからこういうクルーズ船に乗ってみたいもんだと思いながら普段よりは人がいるらしいクルーズターミナルを見て回った。

湾岸警察署やテレコムセンターのあたりは大した飯屋がなく、テレコムセンター内の飯屋でごはんでも食べようかと思っていたが、近くに港湾労働者向けの食堂があったので、そこでお昼に。以前同様の有明食堂で食べたときは立地が立地だけにほぼ倉庫で働いていると思しき人やトラック運転手が多かったが、こちらの青海サービスセンター内の青海食堂は近くにテレコムセンターや産総研の施設があるためかエンジニアっぽい人もちらほら利用していた。定食自体は量がそれなりにあって美味しかった。
ちょうどバスの時間があっていたので、食後は目の前の中央防波堤行きバス停から海の森公園に向かう。

ゴミ処理場、東京都環境局の合同庁舎などを通ってバスは海の森公園にたどり着いた。
「なんにもない砂漠の真ん中にね、公園があったの」
イリヤの空、UFOの夏 その2 P69




「地平線までなんにもない砂漠の真ん中にね、そこだけコンクリートとアスファルトで舗装された場所があって、ブランコとかジャングルジムとかシーソーとか、ぶら下がるのとかくるくる回るのとか、そんな遊具がいっぱいあった。まだペンキも乾いてなかった。水の出ない水飲み場とか噴水もあった。もちろん、子供の姿なんかひとつもなかった。わたしたち以外には、誰も」
イリヤの空、UFOの夏 その2 P70
真新しくだだっ広い公園には誰もおらず、公園のなかはセミと頭上の飛行機の爆音だけが響いていた。
東京とは思えないような広く誰もいない空間にはゴミの一つも落ちていない。園内には作られた経緯を説明したビジターセンターと管理事務所を除けば、トイレと自販機しかない。草木は生い茂り、様々なトンボが飛んでいた。誰もいないつどいの広場を歩き、東の小山に登って、暑さに耐えられなくなって、シャトルバスで騒がしい新木場駅にたどり着き、帰宅した。
みなと丸の解説員の人が行っていたが中央防波堤の東側にはゴミが西側には東京の建築過程で出た残土が埋められており、中央防波堤は西側にしか建物が建てられないそうだ。もし水上競技場を挟んだ向こう側の小山も公園になるのなら、おそらくここは東京都心部で一番広く誰もいない公園になるのだろう。
